家畜の交尾
家畜の交尾時期はそれぞれ異なるが、小型家畜は春分の日頃に出産にこぎつけるように配慮して行われる。この日は、春の真ん中の兎月に値する。大型家畜については、小型家畜ほど気にして交尾時期を配慮しない。また、とても寒い時期に出産してしまうと凍え死んでしまうし、夏近くに産まれるとその年の冬春が厳しかったら、体力的に厳しいものとなる。そのため、交尾時期についてはより注意しなければならない。
ラクダは1年おきの出産となるが、それ以外の家畜は出産後15~30日で再び交尾時期に入る。
春、出産の時期を終えると去勢していない羊や山羊は別にしておく。そうしないと、予想もしない妊娠の可能性が出てくる。秋にまた一つにまとめ、交尾時期に入る。また、春に産まれた子家畜の去勢も夏前に行う必要がある。そうしないと、冬に出産を迎えてしまうことがある。
家畜の少ない家では、あえて別々に放牧はしない。フグ(hug)と呼ばれる性器を被う布をつけて放牧する。日中は、フグがちゃんと付いているか確認しながら放牧し、夜はそれを取り外し繋いでおく。そうしないと毛並みが悪くなり、病気になりやすい。
ちなみに、家畜の妊娠期間は、羊や山羊が5ヶ月間、牛が9ヶ月間、馬が11ヶ月間、ラクダが13ヶ月間と様々である。そのことを考慮して遊牧民は交尾時期を考える。また、ツァガーンサルになると家の南東にあるオボーに夕方、全ての去勢されていないオス家畜のたてがみや毛などを捧げ、多くの家畜に恵まれるように願う習慣があるという。他にも、交尾時期に入ると、米をまき、子孫繁栄を願う習慣もある。
去勢されていないオス家畜を屠殺して食すことはない。万が一死んでしまった場合は、頭を高い場所に置いて敬わなければならない。母家畜も同様に敬われるので、屠殺して食したり、交換の対象にならない。ただし、何度も出産を繰り返し、年老いたものは、冬春用の食料として屠殺される。そうしないと、遊牧民の食すものがなくなってしまう。
さかりのついたオスラクダの性格はかなり獰猛になり、狼さえも逃げ出すという。さかりのついたラクダは、草も水も口にしないので、お腹が背中にくっつくくらいにへこんでしまう。また、口に泡を吹き出し、うなじから蒸気があがり、冬なのでその蒸気が霜となるため、頭や首、前コブは真っ白に見える。うなじからにじみ出てくる水分は意識を失った人に燻して使ったり、伝染性の病気の治療に用いたりして使うという。
また、歯をきしませ、胸を広げ、低く響くようにうなる。そして戦闘体制を取るかのように半分上体を起こして座り、身体は岩のように硬く、尾を上下に揺らし、力強く身体を叩く。
噛んで放さないオスラクダは危険である。トムゴ(tomgo)と呼ばれるものを頭に付ける。あごの開きを上下調節できるように作られた輪環が付いており、目尻の辺りや鼻の部分の赤い柔らかい布でクッションを作り、鼻や頬が傷つくのを防ぐものが付いている。これによって、ただ草を食べ、水を飲むことのみが自由となる。
また父家畜は華美にしておく伝統がモンゴルにはあるので、そのトムゴも明るい赤い羅紗で覆われ、額や頬、鼻には赤い紐で花が作られ、口の両辺りには赤い房がついている。更に、噛み癖のあるラクダには、その目印も兼ねて頭の上にやはり赤い帽子の房を付ける。
また、噛んで放さない癖のあるラクダから身を守るために、ひじまでの長さのある木のムチを持ち、何かあればラクダの開いた口(丁度、ひじまでの長さほど開く)に縦に差し込んだり、馬のあぶみを外しておき、いつでも口に投げ込めるよう準備しておく。しかし、飼い主の遊牧民には忠実であるというから、不思議なものである。
秋冬のオス牛も狂暴である。この時期は、群れを平らな山頂や尾根、谷あいに置き去りする。もし、ゲルの近くに連れて来たとしても数日後にはいなくなってしまう。なので、遠くから姿を見張ることをする。
ハイナグ(牛とサルラガグの子、hainag)のメスは、乳が多くでるだけではなく、他にないほど脂っこい。しかし、出産率が悪いので、ハイナグだけを飼っている遊牧民はいない。ハイナグから産まれるのは、オルトーム(ortoom)である。オルトームからは種の質が悪くなるので、ハイナグのオスは全て去勢される。