遊牧民の1日
遊牧民の1日といっても、もちろん様々である。よって、私が見て聞いて学んだ大体の様子を書くことにする。
春
朝、空が白む頃起きる。どの季節にも明け方太陽が昇る前に起きるのが、モンゴルの習慣であるという。春だと、大体6時頃に起きることになる。
まずはその家の奥さんが起きて、ウルフを開け、ストーブに火を付けて、お茶を沸かす。その間に赤ちゃんを除く家族も起きてくる。ゲルが暖まった後に起きてくると身体がだるくなり、仕事がはかどらないと言う。
お父さんは起きると外へ出て、天気を見る。そして、お茶を飲む前に今日乗る馬を連れてくるという仕事をすでに始める。また、近くの丘などに登り、自分達の家畜の様子をうかがう。
春の朝食は、ボーブ、アーロール、エーズギーなどを食べる。男性は馬やラクダを放牧し、朝早く放牧地に出た牝牛を乳搾りのために集めてくる。女性は、家畜の子供を母親の元に連れて行き乳を飲ませ、牛やラクダの乳搾りをする。
小型家畜の子供に乳を飲ませるのは、誰がやっても構わない仕事である。子供が満腹になったら、母親と離して羊を放牧地へ追いやる。春の場合、10~11時くらいの間に放牧地へ追いやる。その前に、牛やラクダの乳を搾り、子供に乳を飲ませ、放牧地へ送り出す。
家畜を放牧地へ追いやった後、柵や小屋の掃除をし、牛の糞を集めて積み上げ乾かす。また、小屋の壁を糞で固める。子羊や子山羊を日向ぼっこさせて、草や飼料を与える。疲れて群れに追いつけない家畜にも草や飼料を与えたり、近場の放牧地へ追いやったりする。2,3歳の牛や2,3歳のラクダも放牧地へ追いやるなどの仕事をこなし、終わったらゲルを掃除し、煤を拭き取る。草の育ちが悪い時は、草を求めて数日間、家畜を連れて遠出する。
モンゴル人はほとんど昼食を食べない。なぜならば昼食時には、ある者は放牧地におり、ある者は薪を集めに行っている。その他にも水汲みに行っていたりするので、残った者だけが簡単な昼食を済ます。昼食には、米料理か、お茶に何か入れたもの、ボーブや小麦を使った料理などを食べる。また、アールツを沸かして飲むこともある。
午後は、女性は縫い物をして過ごすことが多い。子供の破れた服などを家畜の子供の防寒服に縫い直したりする。
もちろん来客があれば、食べ物やお茶を用意してふるまう。
夜も仕事は続く。太陽の影が山の向こうに落ちる17時頃、羊達が戻って来て、子羊や子山羊を母親の元に置く仕事が始まる。その他にも牛やラクダの乳搾りと子供へ乳を飲ませる仕事が続く。子供をかえりみない母親が多いと乳を飲ませるのに時間がかかる。それは、朝も同じである。
そして、真っ暗になる19~20時頃までに家畜の子供を分けて柵の中に入れる作業がほぼ終わる。また、戻ってきた家畜が足りなければ、それを探す作業が残る。時折、疲れた家畜が草原の岩陰などで休み、気が付かずに残してきてしまうことがある。そういった家畜を探し、柵の中に入れる。小型家畜は、暗くなる前に必ず柵に入れる。暗くなると小型家畜は怯えて、集めることが難しくなる。
その後に夕食になる。夕食には肉を食べ、アールツを沸かして飲んだりする。または、肉入りのスープ料理、時にはボーズやホーショーローなどを作り食べる。
食後には、その日に乗った馬の足を縛ったり、草や飼料を与えたりする。
夕食後に時間があれば、テレビやラジオを聴いたりして過ごす。
また、日中に出産しなかった家畜が夜中に出産したりする。そのため、23時頃の就寝となる。
夏
夜明けが近づく頃に起きる。大体4、5時に起きることになる。朝の涼しい時に自家製の乳のお酒を蒸留する。それが終わると茶を沸かす。その時、男性は今日乗る馬を連れてきて準備をし、馬や牛を集めてくる。6、7時頃に朝食を食べる。朝食にはウルムなどを食べる。
朝食後は、子羊や羊を放牧地へ追いやり、牛の乳搾りをする。日中は暑いので、家畜は草をそんなに食べようとしない。そのため、午前中の涼しい内に食べさせるようにする。牛やラクダの乳を搾ったら、その乳を加工して乳製品を作る作業を行う。こういった作業が落ち着いたら、昼食を取る。夏は、栄養分を多く含んだ乳製品のみを食すると聞くが、実際には少しばかりの肉を使った料理を食する。
また、夏には馬の乳搾りという仕事がある。朝7時頃に捕まえた馬の乳搾りをした後、2時間おきくらいに乳搾りを行う。子馬を放す21、22時くらいまで続くので1日で7、8回乳搾りを行うことになる。その他に子供や若者には、まだ人に慣れていない馬などを慣らすという仕事がある。
11時半を過ぎる頃、放牧に出た羊が戻ってくる。そうすると羊の乳搾りや毛刈り、山羊の毛刈りなどを行う。その作業の後に再び放牧し、乳製品を加工する。午後に少し空いた時間ができると女性は縫い物などを行う。それから、少し涼しくなると山へ薪を拾いに行ったり、アルガリ(牛糞)を拾いに行ったりする。
山の影が落ちる頃、牛やラクダが戻ってくるので、乳搾りを行う。それが終わる頃に羊の乳搾りの時間になる。その作業が終わる頃には、23時くらいになる。暗くなる前に、戻ってこなかった家畜を探しに行く。
夕食は、乳搾りの合間に食べる。しばしば、全ての乳搾りが終わった後に食事をすることもある。夕食も乳製品のみを食べるというが、肉を食べることもある。
秋
夜明けが近づく、大体7時頃に、まず奥さんが起きてウルフを開け、茶を沸かす。男性は外に出て、昨夜の様子や天気、家畜の群れを確認する。と同時に、今日乗る馬を連れてくる。
朝食には主にウルムとボーブ、ボルツク、茶が出る。秋のウルムは厚く、脂肪分がたっぷりである。
朝食後は、牛、馬、ラクダの乳を搾る。羊の乳は出が悪くなってきているので、ほとんど搾らない。その関係もあり、子羊はもう親羊と分けることは無い。秋、羊の放牧は早朝の乳絞りの時間に出発する。
朝の乳搾りが終わるや否や、牛、子牛、ラクダ、子ラクダが別々に放牧される。その間に、家畜の柵内や小屋が掃除され、搾った乳から乳製品を加工する。しかし夏に比べると乳の量は劣るので、その作業は少ない。メス馬を放してしまった後だったら、馬の乳搾りの作業も無くなる。
家畜を放牧にやった後、刈った草を運んできたり、冬営地の家畜小屋の下に固まった家畜の糞を、冬の燃料に用いるため掘り起こしたりするなど、冬営地の準備を行う。
男性はまた、狩りにも出掛ける。秋、全ての動物が越冬に備えて太り、毛並みも良くなる。しかし、全ての人が狩りに出掛けるわけではなく、それなりの知識を持っている人のみが行く。
女性はこの時期に1年分の家族のデールを縫い、なめされた皮やフェルトで靴を作る。その他、冬にゲルを覆うものや穴をふさぐものなども作り、接ぎを当てる。
昼食は家に残された女性や子供のみが食べる。タラグや乳、茶を飲み、乳性品を食べる。秋の最後の月には油脂を良く混ぜ、それを牛の第2胃袋や膀胱、盲腸に入れ、冬春に備えて準備する。
午後には、午前中に終えなかった仕事を続け、男性は家畜の面倒をみたり、狩りに出掛けたり、草刈りといった仕事を暗くなるまで行う。夜、日が暮れる前に牛、ラクダの乳を搾り、羊を柵に入れる。
夕食は、暗くなった後に食べる。小麦粉やお米を使った料理、スープ料理などを作ったりする。秋の初めは、乳製品を多く食べるが、人間も来る冬に備え、寒さが増すと肉を食べる。
夕食後に、その日に乗った馬を繋いで、今日の仕事が終わる。秋の就寝は、大体23~24時頃になる。
冬
朝、8時頃に起床。ゲルの中にある水の表面に氷が張るくらいの寒さである。この時期は、毛皮のついたデールを布団の上から掛けたりして防寒する。
まず奥さんが起きて、ストーブに火を付け、茶を沸かす。ゲルが暖まる頃、家中の人が起き出す。冬は、小屋や柵の中に家畜が入っているので、気にする心配がない。乗用の馬も1、2頭だけ繋いでおく。放牧に行く前にする仕事は、ほとんどない。
朝食に、ツァガーントス、アーロール、エーズギーなどの乳製品を食べる。その他にボルツクやボーブをお茶に浸して食べたりする。放牧に行く担当の日には、前日の夕食を温めたりして食べるなどする。
羊やラクダは放牧に出し、牛の乳を搾る。遅く産まれた子牛がいる場合は乳が出るが、ほとんど乳の出が悪くなってくる。乳搾りが終わると牛も放牧に出す。
一通り放牧に出した後、子家畜をゲルの近くに放牧に出す。
その後は、家畜小屋や柵の中を掃除して凍結した糞を集めて乾かす。それが、来年の冬営地の燃料となる。また、まだ柔らかい糞を塗り、小屋の修理、補強などを行う。また、柵内を掃除して、湿った糞を取り除くことで、家畜の冷えを防ぐ。冬営地の羊の柵の大きさは、家畜の数に適したものでなくてはならない。大きすぎれば、一箇所に固まった場合に端のほうから冷えてくるし、小さすぎれば、お互い圧迫しあい毛並みを損なったりする恐れがある。
馬の見張りは毎日行う。冬の終わりに妊娠して大きくなったお腹を群れが圧迫させて流産させてしまうことを注意して、見張る。
その後は、雪や氷を集めて水を確保したり、薪を拾いに行ったりする仕事が出る。
これらの仕事が落ち着く頃に昼食となる。昼食の内容は、ほぼ朝食と同じである。または、ボダータイチャイ(お茶で煮込んだご飯)を食べる。
昼食後は、女性は縫い物仕事を行う。服だけでなく、子家畜の防寒となるものも縫製する。
夕方17時頃に日が沈むので、18時頃までに小型家畜を柵や家畜小屋に入れる。完全に日が無くなる19時までに戻ってきた牛も家畜小屋内に入れる。
夕食にはヒャラムツァグと呼ばれる牛などの家畜の胃の中に血を入れて凍結させた保存食やスープなどの食事を作って食べる。冬の夜は長いので、様々な遊びをして過ごし、23時頃に就寝する。
交代で家畜をみる日
遊牧民は、主に近くに住んでいる家族と交代で家畜の面倒をみる。担当になった日をヒシグ・ウドゥル(hishig udur)という。ヒシグ・ウドゥルの日は、場合によっては昼間、家に帰ることはできないので、いつもは簡単に済ます朝食も前夜の残りを温めなおしたりするなどして、しっかりした朝食を食べて出発する。